<プロボクシング:WBA、IBF世界バンタム級タイトルマッチ>◇10月31日(日本時間11月1日)◇米ラスベガス・MGMグランド
強さを世界に見せつけた。WBA、IBFバンタム級統一王者井上尚弥(27=大橋)が挑戦者のWBA2位、IBF4位のモロニーに7回2分59秒、KO勝ちし、「聖地」、ラスベガスで完勝デビューを果たした。6回に左フックでダウンを奪うと、7回終了間際に右ストレートで仕留めた。世界戦15連勝は、具志堅用高の14を抜き日本単独最多。「第2章のスタート」と位置づけた一戦を飾り、世界的スターへと続く物語が始まった。
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倒すため、井上がえさをまいた。6回に左フックでダウンを奪い迎えた7回。それまで張り詰めてきた糸を、わずかに緩めた。残り1分。ガードを下げると、そこから右を出さずに、左の軽打を続ける。劣勢が続いたモロニーは、受け続けたプレッシャーから一瞬、解放された。だが、すべては、井上の狙い通りだった。「攻めきれなければ待つことも考えていた」。モロニーが反撃を試みた瞬間、小さく、速い、カウンターの右が顔面を捉えた。
挑戦者の腰が、力なく真下に落ちる。立ち上がろうと足に力を込めるも、カウント10を聞く直前に、その体は後方に崩れ落ちた。井上にとって、プロ20戦目で迎えた、初めての聖地ラスベガス。コロナ禍で当初の4月開催から対戦相手も代わり、観客もなし。異様な雰囲気の中でも、捕まえにくい相手を、おびき寄せ、仕留め切った。
「最後は納得のいくパンチだった」。狙い通りの完勝も、喜びは控えめ。「第2章のスタート」と位置づけた一戦は、ここから続く道の、始まりでしかない。そんな思いが、すぐに表情を引き締めさせた。
モロニー戦が正式決定した今夏。人けのなくなった深夜、井上は車の窓を開け、シートに覆われた一軒の家を眺めていた。神奈川県内に建設中の2階建て。27歳。思いの詰まったマイホームだ。夜風を吸い込むと、8年前、プロ転向時に父真吾さんと交わした約束を思い出した。
「いつか拳で家を建てられたら最高だよな」
6歳から二人三脚で歩んできた父の一言は、井上にとって、いつか果たすと心に誓った大切な目標となった。物心ついた時、家族5人は、6畳と4畳半の小さな賃貸アパートで暮らしていた。中学卒業後に塗装業の世界に入った父は、20歳で独立し、「明成塗装」を設立。その職人としての背中を、井上は見てきた。
後ろ盾は何もない。真吾さんがこだわったのは「絶対に妥協しないこと」。井上も、両親の手作りのちらしを折る手伝いでサポートした。丁寧な仕事ぶりは、口コミで広がり、経営は軌道に乗った。だが、井上が高校を卒業し、プロ転向を決めた時、父は「明成塗装」を迷わず縮小し、トレーナーの道を選んだ。
父は、大切な会社を犠牲にしてまで本気でボクシングを教えてくれた。その情熱を感じてきたからこそ、世界から認められた今も、リングへの姿勢がぶれることはない。モロニー戦へのスパーリングは、思うような動きが出来ず、悩んだ時期もあった。それでも、格下のパートナーに意見を求めてでも、改善点を探った。大橋会長は「あの姿を見て、尚弥にはまだまだ先があると思った」。父がこだわり続けてきた一切の塗りムラがない壁のような、「強くなりたい」という混じり気のない思いが「井上尚弥」を作りあげている。
建設中の新居は、「第2章」を歩み始めた井上の帰りを待つかのように、今月中旬に完成する。井上は言う。「お父さんとの約束を果たせたのは、自分の中で大きなことだった。シャドーの最初のパンチから妥協しない。それがお父さんから教わったボクシング。このまま、どこまでいけるか。とことん勝負したい」。
ラスベガス初陣を豪快に飾り、世界の注目はさらに増す。試合後、契約する米興行大手トップランク社のボブ・アラム最高経営責任者(CEO)は「イノウエはパウンド・フォー・パウンド(全階級を通じた最強ランキング)でトップへの道を進んでいることを証明した」とSNSに記した。かつて、世界でここまで評価された日本人選手はいない。今回のファイトマネーは100万ドル(約1億1000万円)。軽量級でラスベガスのメインを張る、偉業は果たした。引退を公言する35歳まで、残り8年。どこまでいけるのか-。井上なら、と期待せざるを得ない。【奥山将志】
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