文壇から離れ独自の小説世界を築いてきた作家の丸山健二(76)が出版業に乗り出す。4巻10万円という自らの新作小説を、自分が版元となり出すという。そこにどんな思いを抱くのか。
「俺の本は、普通の文学好きには手に負えない。だからもう商売するのはやめようと。その代わり紙の本の決定版を、特定少数の人に買ってもらう」
理想のかたち
夏の盛り、庭の緑を前に丸山はそう語る。23歳で芥川賞を受賞し、熱烈な読者を持つ作家は文壇から身を遠ざけ、信州・安曇野で半世紀にわたり執筆と作庭に明け暮れてきた。
2019年末、新作小説の発表の場として「いぬわし書房」を立ち上げた。直接のきっかけは、17年に始まった「完本 丸山健二全集」の刊行に遡る。
自作全てを改稿して全100巻、完結に10年以上費やす個人全集を出すという、前代未聞のチャレンジだった。版元の強い熱意があって踏み切ったものの売り上げが伸びず、19年の第8回配本で中止になる。その際に「人に任せてはダメだ。理想のかたちで、しかし現実をわきまえて本を出そう」との思いに至ったという。
今秋、いぬわし書房から出す新刊小説「ブラック・ハイビスカス」は、手製本でヤギ革の装丁という豪華な作りだ。全4巻で2400ページ超、値段は10万円(税抜き)。「もちろん、外側だけじゃなくて内容に自信がある」
長崎への原爆投下後、ある戦争孤児がたどった戦後を描く。「今書かなきゃいけない。(日本は)右傾化して、元の時代に戻ろうとしている。戦争孤児たちがどのくらい悲惨な目にあったか、もう一度思い出してもらいたい」。重厚なテーマを据える一方で「テーマは文体についてくる。あくまで文章が優先」と強調する。
近年の著作は濃密な文体で余白を十分にとり、斜めに下る独特のレイアウトを用いて読ませる特殊な構造になっている。日本語そのものの探求に重きを置くからだ。「絶対損はさせない。でも、読み手にも才能が要る」。そう言い放った後に「普通本は、書店でぱらぱらめくって、気に入ったら買う。中身知らないで買ってくれって言っているんだから、ずうずうしいよね。でも面白がってくれるひとが30人くらいはいるんじゃないか」
この「30人」は重要な数字だ。「ブラック・ハイビスカス」は限定50セットの予約販売。予約が30件に満たなかった場合は、発行を見合わせるという。現在の予約は26件だ。「理想のかたちで、現実をわきまえる」とは、こういうことか。
自分に全責任
不況が続く出版界の理想と現実のはざまをいく、破天荒にして地に足のついた試み。「少数精鋭で出版を始めても、ブツ(本)がなければどうしようもない。俺は、ブツは俺だから。これが一番いい。自分で書いて、全責任は俺が負う。最強だよ」
3年後にも新作を「いぬわし書房」から出したいと意気込む。千の短文からなる長編「千日の瑠璃」を、電子書籍として一話ずつ配信する計画もあり、意欲は旺盛だ。
既存の出版社と縁を切ったわけではない。7月には田畑書店から「新編 夏の流れ/河」を刊行した。1967年に当時としては史上最年少の23歳で芥川賞を受賞した「夏の流れ」のほか、もう一編を改稿した短編集は、文庫の判型にしたハードカバーで、手に取りやすい。価格も1700円(同)と通常の新刊と変わらない。
自分の手で、自分の本を出す。それは作家の多くが一度は夢見る文芸の原点だろう。だが実際に踏み切れる者はそうそういない。「考えている人はいるんでしょうけど、度胸がない。作家はボロもうけしてきた人が多いから」。出版全盛期に富を築いた作家が、今の時代に本気で動くとは思えないという。
「みんな名誉と金で失敗する。つまり破滅型の道ってやつ。俺はその逆。延命型だから」と笑う。午前3時半に起きて2時間執筆し、あとは庭の手入れに励む。執筆は1日たりとも休まない。「半世紀かかったけど、今でよかった。権威とも権力とも関係ない、真文学を日本に芽生えさせる」。そのための出版だと、言い切った。
(桂星子)
[日本経済新聞夕刊2020年8月24日付]
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August 24, 2020 at 02:00PM
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丸山健二「俺が書き、版元も俺」 全4巻10万円の新作|エンタメ!|NIKKEI - 日本経済新聞
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